2016年07月07日

“らしさ” の弊害

“らしさ” の弊害
最近 娘が本来の娘らしさを失っている気がする

アメリカにいた頃の娘は、もっと天真爛漫
自由に楽しく生きていた

誰にでも気兼ねすることなく声をかけ、スクールでも男女問わず良く遊んだ

日本に戻って来てから “知らない人に声をかけること” に抵抗を感じだした
アメリカと反応が違うからだ

見知らぬ人でも笑顔で挨拶を交わすアメリカ人と違い “何この子?” と言わんばかりの顔をして見つめ返すか無視をする人があまりにも多かったことで、自ら挨拶することが少なくなった

先般の Parents Evening でも日本語の担当教諭から “10歳にしては空気が読める” と言われたが、我々からすると全く褒め言葉ではない

遠慮をしているのだ

そのことを伝えると “確かに他の子供に遠慮をして、自分が我慢をする時がある” と言っていた
遠慮は子供だけではなく、教師や大人に対してもしている

日本という環境が...


そうさせているのか?
彼女の成長と共に何かが変化しているのか?

確かに人は環境に影響される

私も新入社員の時に “自分らしくない” と感じたことがあった

その時に先輩から言われた一言を今でも覚えている

“自分らしいって何なのか?” “自分らしくやれば良いじゃないか”

その時初めて真剣に考えた “自分らしさって何?”
もっと自由だったし、もっと滅茶苦茶だったり、思ったことを即実行していたり...

“自分らしくやってしまえ!” こう思ってから、社会人という自分で勝手に描いていた枠が壊れ、思いっきり自分が良いと思ったことをやりだした

結果として驚くほどの業績を達成した
“新人らしくない” と文句も言われたが、そんな言葉を気にもしなかった

それから “らしい” “らしさ” を大切にしている

しかし、最近面白い意見を聞いた

“らしさって何ですかねぇ” “それ自体が固定観念ってことはないですか?”

深いねぇ

“日本人らしさ” “女性らしさ” “男らしさ” ...
確かに “らしさ” を形成しているのも固定観念かもしれない

それでも私は “らしさ” を大切にしたい
“らしさ” は世界で闘うためのキーワードでもある





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