2014年03月01日

教育・共育・協育

教育・共育・協育日本での生活にも随分慣れてきた。

しかし、未だに不思議に思うことは多々ある。

その中の1つ “学校教育”

民間人校長を積極的に登用している大阪市は素晴らしい試みを実践していると思う。しかし、その成果をクローズアップするのではなく、不祥事ばかりを報道するマスコミにも辟易するが、その方が視聴率が良く、新聞や雑誌も売れるのだから、日本国民の民度にも問題がありそうだ。

公立の小学校では、先生が話し終わるまで質問してはいけないと言う。娘の通うインターナショナルスクールでは、話の途中でも分からない事があれば手を挙げて質問をし、その場で疑問を解決する。

それに慣れている娘は、習い事の時に疑問点を質問する。勿論手を挙げて指れるまでは黙って手を上げているのだが、先生の話が終わるまで手を挙げ続けなければならないことが多々あるらしい。

また、クレーマーやモンスターペアレンツ...


という言葉も良く耳にする。

“我子がああだ、こうだ だから何とかしろ” これはクレームだ。
モンスターペアレンツと言われる所以はこのクレームの多さだ。

しかし、スクールライフをより快適にするための進言、全体が良くなるための意見はクレームとは全く性質を異にするものだ。

この見極めは実に難しい。
本人は良かれと思って言った事でも、受け手にとって印象が変わるからだ。

そしてイジメの問題も浮上する。

最近思うのだが、実はイジメの原因を親が創っていることが多いのではないだろうか。
例えば “OOちゃんはお勉強が出来ないから、お勉強の出来るOO君と一緒に遊びなさい” 

何気なくこんなことを子供に言う時がないだろうか。

この些細な一言が子供にとっては大きな意味を成すときがある。

“OOちゃんはバカだから一緒に遊んじゃいけないって”

純粋な子供の一言は時に残酷な凶器となり、人を傷つける。

そして、もう1つの問題は学校側の対応。クレーム、意見を言われるということは、何か原因があるのだ。スクール内での意思の疎通を欠いている、生徒と先生のコミュニケーションが上手く取れていない、父兄に対して情報が開示されていないなど それぞれに問題が生じているケースが見受けられる。

主役は子供だ。子供達がのびのびと学び、遊び、成長していくことは全ての大人の願いであり、責任だ。子供達のために、クレームではなく、意見を言い、受け止め、解決し、未来を創れる大人でありたい。

同じカテゴリー(アメリカ 教育)の記事
問題意識と好奇心
問題意識と好奇心(2018-02-12 21:44)

反省と内省
反省と内省(2018-02-07 21:58)

教師とマネジャー
教師とマネジャー(2018-01-29 21:35)


上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。